原稿紛失、と、いうこと
「いくらでも怒るがいいわ。あんなつまらない原稿なんか、もう出ないわよ。」[若草物語/ルイザ・メイ・オルコット/青空文庫版 より]
エミイは、どうにでもなれというような、いいかたでした。
「どうして!」
「あたしが焼いちゃったから。」
「なに? あんなに苦労して、おとうさんがお帰りになるまでに書きあげるつもりの、あの大切な原稿を、ほんとに焼いたの?」
ジョウは、まっさおになり、目は血ばしり、ふるえる手でエミイにとびかかりました。
───この後、エミイの横っ面をいやというほどひっぱたき、屋根裏部屋へ飛び込んで号泣するジョウの心境。なんですか、「物書き娘」だったら恐ろしいほどよく分かるかと思いますわ。
「金色のガッシュ!!」原画紛失で賠償請求 - 社会ニュース : nikkansports.com から2008年6月8日5時49分に引用週刊少年サンデーで長期連載されていた人気漫画「金色のガッシュ!!」のカラー原画を紛失されたとして、作者の漫画家雷句誠(本名・河田誠)さん(33)が6日、出版元の小学館に330万円の賠償などを求め、東京地裁に提訴した。
テレビで最初に見た時には、秋葉原でインタビューに答えて「よくある事っすよね」としたり顔で言ってのけたオタクが居たが。
よくあっちゃたまらんのである。
ましてや、聞き分けがなくわがままな小さな妹などではなく、社会的に責任も負った編集者が、「なくしました(てへっ☆)」では済まんのだ。
だが、まあ、「物書かぬ者」にはこの苦しみはちと分かりにくいかも知れない。
そういう私も、二度ほどそんな経験がある。
記憶に残る一度目は、高校時代だ。大学ノートにシャープペンシルと国語辞典でチマチマと書き進めていた頃。
「読ませて」というので貸していた友人が、トラブルに巻き込まれた。
相手は腹いせに友人のカバンを盗み、その中身を近くの河原にバラまいたとか、違うとか。なんにせよ、私の『原稿』もその中にあったのだ。相手にそれが借り物か否かなんて区別がつくはずもない、それどころか、借り物ならなお一層かの女にダメージを与えられると考えたかも知れない。どちらにせよ、まあ、私の書きかけ原稿は「川の藻くずと消えた」のだ。
当然、友人は謝った。私も、そんな手合いと関わり合いになりたくないというかの女の心境も分かるから、それで済ませた。
「青春のほろ苦い一ページ」というやつだ。
もうひとつは、初めて自分用のワープロを購入した大学時代。表向きは卒論用だったが(いやMyゼミの教官は当時からワープロ派だったので必要ではあったのだが)、むろん小説もそれで書いていた。
ぶっちゃけ、まだワープロが珍しかった時代だ。同じく大学生だった従兄弟と愚弟が、「試させて」と言ってきた。───そして数十分後、どういう偶然が重なったのか、小説全部を収めていたフロッピーディスクが「読み取り不能」になったのだ。
今のパソコンと違い、当時のワープロはユーティリティソフトなぞ積んじゃいない。「読み取り不能」は即、「あきらめろ」ということだ。
ブチ切れた私は愛用のルーズリーフファイルを机に叩きつけた。原因が分からぬ以上、従兄弟も弟にも責任はない(多分)。あわれ怒りをぶつけられた無印良品のルーズリーフファイルは、金属部品がひん曲がるほどのダメージを被った。
その音を聞きつけた両親が、何事かと訊ねた。訳を話すと「そんなに怒らないでも」と言ったのが母、「バックアップを取っておくものだ」と言ったのが父だ。が、当時のフロッピーディスク1枚は、私の懐具合では予備を買うのもはばかられるほど高価だった。1日の可処分所得が135円75賎(昼食込み)、なんて言っていたほどだから、5枚セットで数千円のFDがそうそう買えるはずもない。───それ以上に、私を諦めさせたのが、「なんでそんなに怒るのかが分からない(苦笑)」という言葉だ。
仕事をするようになっても、貸し出したポジフィルムが「行ったきり」なんて事もあった。知りあった印刷業界の重鎮にも「そんなもンだよ。編集なんてヤツは信用しちゃならねェ。ちゃンと複製をとっときな」と諭されたもんだ。
だから、某編集氏も「接写したフィルムも残ってて、単行本を出すのに何の支障もないのにサ、紙切れ数枚で激怒しやがって小せェ奴だ、稿料3枚分で大人しくしてりゃいいものを」とか思ってんじゃないか、とか考えてしまうのが、「物書き」である。「原稿」はただの「紙」や「記録媒体」じゃない。その中に「物書き」の「心血」が注ぎ込まれている。それを軽々しく扱うというのは、すなわち、物書きを軽々しく扱っているのと同じである。
田辺聖子さんの自伝的小説でも、田辺氏の原稿を「ひったくられた」秘書嬢が「センセの原稿を盗られるとは、アタクシには秘書の資格が御座いませン、かくなるうえは、辞めてお詫びを申します」と涙する場面があった。どの編集氏も、いっそこのくらいの覚悟で原稿を扱って欲しいのだ。
スタイリストやスポンサーから借りた宣材の扱いにはビクビクするのに、ライターや絵書きの原稿は「あれ?」じゃあ、たまったもんじゃないのである。
金色のガッシュ!!:作者の雷句誠さんが原画紛失の小学館提訴(まんたんウェブ) - 毎日jp(毎日新聞) から2008年6月8日6時38分に引用訴えによると、雷句さんは小学館側に原画を貸していたが、連載終了後、カラー原画など5枚が紛失していることが分かった。小学館側は原稿料(1枚あたり1万7000円)の3倍の賠償額を提示したが、雷句さん側が客観的な価値を探るために同様の作品をオークションに出したところ、平均25万円で売買されたという。
会見した雷句さんは「私が小学館側の金額で判を押せば、自分より若い漫画家が何も言えなくなる」と話した。漫画に「美術品」としての財産価値を求めた裁判は例がないが、代理人は「美術館に展示されるなど、美術品としての扱いが一般的だ」と指摘した。
そうだ。
漫画家を「使い捨て」にする最近の大手出版社。これだって、原稿を軽々しく扱うことと無関係じゃない。
そして、どこかで誰かが声をあげなければ、この風潮は変わらない。
がんばれ、雷句誠。応援するゼ。












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